大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

宮崎地方裁判所延岡支部 昭和36年(ヨ)39号 判決 1963年4月10日

申請人 茄子田和哉

被申請人 旭化成工業株式会社

主文

一、申請人が被申請人に対し雇傭契約上の権利を有する地位を仮に定める。

二、訴訟費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

第一、当事者の求める裁判

一、申請人の求める裁判

主文と同旨の判決。

二、被申請人の求める裁判

申請人の申請を却下する、申請費用は申請人の負担とする、との判決。

第二、申請人の申請の理由

一、申請人と被申請人との関係等

被申請人旭化成工業株式会社(以下単に「被申請会社」と略称する)はベンベルグ絹糸等の製造等を業としている株式会社である。

申請人は昭和二九年三月被申請会社に入社し、延岡支社ベンベルグ工場(以下単に「ベンベルグ工場」と略称する)に勤務している従業員である。また、申請人は右入社後二、三カ月の試用期間を経過後、自動的に旭化成ベンベルグ労働組合(以下単に「組合」と略称する)の組合員となり、現に組合員である。

二、解雇通告とその無効

(一)  (1) 被申請会社は昭和三六年一一月一日付で、申請人が就業規則第九九条第二二号に該当するものとして申請人に懲戒解雇(後日諭旨解雇とした)を通告した。

(2) 被申請会社が主張する懲戒解雇該当事由は、「昭和三六年九月中旬より下旬にかけて職場内(倉庫係検収倉庫)において、会社の許可なく数名の従業員に対し、政治的暴力行為防止法案反対の趣旨を印刷したパンフレットを提示のうえ署名用紙に署名及び捺印を依頼し、また同年九月二七日、二八日の両日にわたり、会社施設のベンベルグ寄宿舎青雲寮内において各室を訪れ、上記同趣旨のパンフレットを寮生数名に提示のうえ署名欄に署名及び捺印を依頼する等の政治的活動を行つた」というものである。なお、被申請会社の申請人に対する解雇申渡書には昭和三六年六月に申請人が就業規則第九八条違反の理由で七日間の出勤停止になつたことが情状として記載してある。

(二)  申請人が昭和三六年九月中に自己の職場である倉庫係(以下単に「職場」と略称する)及びベンベルグ工場寄宿舎青雲寮(以下単に「青雲寮」と略称する)内において、組合員から政治的暴力行為防止法案(以下単に「政防法」と略称する)反対の署名をとつた事実はあるが、しかし、被申請会社の申請人に対する前記解雇の意思表示は次の理由によつて無効である。

(1) 懲戒規定の非該当性

(ア) 職場内で政防法反対の署名をとつたのは就業時間前の出来事であるから何等問題になるべき行為ではない。

仮りに、それが就業時間にかかつていたとしても、申請人の行為は就業規則第九九条第二二号に該当する性質のものではない。けだし、就業規則第九九条第二二号の禁止している行為は、文書の配布と掲示、貼布であつて、署名を依頼する行為がそれらに該当しないことは明白であり、労働者に対する懲戒規定の拡大解釈の許されないことも明らかであるからである。

(イ) また、青雲寮内で署名をとつた行為は、労働基準法第九四条にいう寄宿舎生活の自治の範囲内の出来事であり、寄宿舎規則との関係は格別であるが、就業規則第九九条第二二号との関係は全く無縁なものである。

(2) 解雇権の濫用

仮に、職場及び青雲寮内で署名をとつた申請人の行為が、就業規則第九九条第二二号に該当すると仮定しても、このような行為に対して死刑の宣告にも等しい懲戒解雇処分(後日諭旨解雇とした)を通告するのは、解雇権の濫用であつて、無効である。

(3) 不当労働行為

本件解雇の決定的理由は、被申請会社が申請人の活溌な組合活動や、申請人が日本民主青年同盟に所属していることを嫌つたことに原因しておりこのような解雇は、労働組合法第七条第一号の禁止している不当労働行為に該当するものであつて無効である。

(ア) 申請人は、入社早々から組合の指導していたコーラスに参加し、職場でも労働者の利益を守る立場から積極的に発言するようになり、昭和三〇年四月から原液係B組の職場代表委員に四期選出され、昭和三一年三月から一年間青年婦人部幹事をやり、その他昭和三一年四月には全旭連中央大会代議員の選挙に、また同年八月には青雲四寮委員長の選挙にそれぞれ立候補したりして、入社早々から積極的に組合活動をしてきたことが先ず被申請会社ににらまれるところとなつた。

申請人は、昭和三二年四月から昭和三六年三月までは延岡高校夜間部に通学していたので積極的な組合活動は出来なかつたが、その間も労働者の立場での発言は常にしてきたし、特に、組合が昭和三二年頃から右傾しだし、労使協調の線を明確にするに従い、それでは真の労働者の利益は守れないと考えた申請人は、組合を批判したり、組合に反省を求める等して積極的に発言するようになつた。そして、申請人の右のような活動は右高校を卒業して活溌化してきた。

昭和三六年九月には組合三役、執行委員の選挙が行われ、同月二一日、二三日の組合三役の選挙の際は、現執行部に批判的立場で立候補した吉田行男はアカ攻撃等の目にあまる圧力や攻撃を打破して当選したが、同月二九日、三〇日に行われた執行委員の選挙においては、現執行部を批判する立場から申請人を含む四名が立侯補したところ選挙のやり直しということになり、その三日後に再選挙が行われたが、その結果、右四名中一名が当選し、申請人等は次点に並んだ。そして、この選挙の結果、被申請会社に極めて協力的である組合に対し、それを批判する勢力が予想以上に成長していることが明らかとなつた。

しかして、その中心的役割を果してきていたのが申請人であつたため、たまたま執行委員の選挙中に申請人が政防法反対の署名をとつたことを耳にした被申請会社は、申請人排除の意図をこの署名問題で強行しようとしたものである。当初寮での署名活動のみで懲戒解雇の意図を明確にし、申請人及び組合三役にその旨申入れたが、その不当性を追求されるや、その翌日、職場での署名問題を追加してきた一事のみでも、何が何でも申請人を解雇するのだという被申請会社の意図は明白である。つまり、本件解雇は、従来の組合のとつていた労使協調的立場に対し、批判的であつた組合活動家である申請人を、その職場から排除したいという意図を署名問題によつて正当化しようとするものである。

(イ) また、申請人は、日本民主青年同盟に所属し、組合活動にも積極的であつたので、次のごとく被申請会社から不利益な取扱を受けていた。なお、本件解雇においては、前記のとおり、昭和三六年六月に申請人が七日間の出勤停止をうけたことが情状として考慮されているが、その当時申請人は真実帰郷する意志でその旨を郷里などにも連絡してあつたものであるから、この時、就業規則第九八条違反としては極刑である七日間の出勤停止にしたこと自体が既に不当であつたのであり、このことは、申請人に対する不利益な取扱の一例と言える。

(A) 申請人が、昭和三一年八月に青雲四寮委員長に立侯補した際、舎監は寮生(主として新入生)を舎監室に呼び「自分達の顔をつぶさないためにも茄子田を当選させてはならない」と説得し、申請人への投票を妨害した。

(B) 申請人が昭和二九年に被申請会社に入社して以後昭和三一年秋頃まで、友人と同一職場であつた期間中、平尾係長(現仕上課長)は、申請人と友人とが一緒に作業することを常に妨害し、申請人と友人との離間を策した。

(C) 申請人は現在の寮に入つて部屋を三回、職場を二回かわつているが、その都度、申請人の行く先々の部屋あるいは職場の者に対し、舎監あるいは職員が「茄子田はアカだから気をつけるように」と宣伝して申請人の孤立化を計つた。

(D) 舎監は申請人の寮内の行動一切を常に監視し特に昭和三六年九月の組合の選挙前後より首切りの問題が発生する頃までは、毎晩のように申請人の部屋を訪ね、同僚に「茄子田は何時頃、何を持つて出たか、行く先は知らないか」等と聞き、また寮正門の守衛は申請人の寮出入門の時間、状態をメモして勤労課長に報告し、申請人が病気あるいは私用等で会社を早退した時なども、職場から寮へ、いちいちその旨電話し、その後の寮における申請人の行動を監視する等申請人の私生活まで干渉し、事あることを狙つていたものである。

三、保全の必要

申請人は、被申請会社に対し解雇無効確認請求の本案訴訟を提起すべく準備中であるが、被申請会社からの賃金のみで生活している申請人としては、その判決の確定を待つていたのでは将来回復することのできない損害を受けるおそれがある。

よつて、申請の趣旨記載のような裁判を求めるため本件仮処分命令を申請するものである。

第三、被申請会社の答弁及び主張

一、申請人の申請の理由に対する事実の認否

(一)  「申請人と被申請人との関係等」の項について

被申請会社が申請人主張の通りの会社であること、申請人が昭和二九年三月に被申請会社に入社し、その後試用期間経過後組合の組合員になつたこと、被申請会社から申請人に対してなした本件諭旨解雇の意思表示が昭和三六年一一月七日申請人に到達するまでの間、申請人が、被申請会社の従業員であり、かつ組合の組合員であつたことは認める。ただし、申請人が現に被申請会社の従業員であることは否認するし、現に組合の組合員であることは知らない。

(二)  「解雇通告とその無効」の項について

(一)の事実は認める。

(二)の冒頭の事実のうち、申請人が職場及び寮において政防法反対の署名をとつた事実は認めるが、その余の事実は否認する。

(二)の(1)及び(2)の事実は否認する。

(二)の(3)の事実のうち、

(1) 申請人が昭和三〇年四月から同年八月まで原液係B組の職場代表委員であつたこと、申請人が昭和三一年八月に青雲四寮委員長の選挙に立候補したこと、申請人が昭和三二年四月から昭和三六年三月まで延岡高校の夜間部に通学していたこと、組合の三役選挙が昭和三六年九月二一、二二日に行われ、吉田行男が組合長に当選したこと、組合の執行委員選挙が同月二九、三〇日に行われ、その再選挙がそれから三日後の一〇月三、四日に行われたこと、同年六月に申請人が七日間の出勤停止をうけていること、その出勤停止のことを被申請会社が本件解雇にあたつて情状として考慮したこと、申請人が被申請会社に在社中、寮の部屋を二回、職場を一回かわつていることは認める。

(2) 申請人をその職場から排除する意図のもとに本件解雇を署名問題によつて被申請会社が正当化しているとの点、本件解雇の経緯に関する点(A)ないし(D)の事実(ただし、前記の認める部分を除く)については否認する。

(3) その余の事実については知らない。

(三)  「保全の必要」の項について

この点については争う。

二、被申請会社の主張

被申請会社が申請人を諭旨解雇に処するにいたつた経緯は次のとおりである。

(一)  懲罰の原因たる事実

(1) 職場における事実

申請人は、会社の許可を得ることなく昭和三六年九月下旬申請人の勤務場所であつたベンベルグ工場事務課倉庫係検収作業場において、所定の作業に就業中、同係従業員山之口信夫が配電分駐倉庫へ行くため「地方注文受付台」付近を通りかかつたところ、これを呼び止め、予め右受付台の上に用意しておいた政防法反対の趣旨を印刷した署名用紙付文書を提示説明して署名捺印を依頼したが断わられ、次いで、請負作業現場見廻りのため同所を通りかかつた同係従業員河野久男に対しても同様の勧誘を行つて署名せしめた。そして、申請人と同じ地方注文現品受払いの仕事をしている同僚の津田孝之に対しては検収作業中数日にわたり右同趣旨の署名捺印を勧誘し、拒否されるや「お前は卑怯だ」と非難するなど執拗に勧誘を行つた。

(2) 寮における事実

申請人は、会社の許可を得ることなく同年九月下旬数日にわたり被申請会社施設の青雲寮内において、青雲一寮九、一〇、一二、一四、二一、二二号、同三寮二〇、二二、二三、二四、二五、二六、二七号、及び同四寮八、九、一〇、一一、一四、一六号等の各室(在籍者一室約五名)を歴訪し、後夜勤勤務(就業時間午後一一時三〇分より午前七時三〇分まで)に備え就床中の者や折柄試験勉強中の定時制高校生を含む寮生多数に呼びかけ、寄宿舎規則にも違反して前記同趣旨の文書をそれぞれに提示説明するとともに署名用紙に署名捺印を依頼した。

(二)  懲罰に付した労働協約及び就業規則上の根拠

(1) 被申請人と全旭化成労働組合連合会との間において締結されている労働協約(以下単に「労働協約」と略称する)第三九条第五号(就業規則第九九条)―いずれもその条文の内容は別紙記載のとおりである、以下同様―は懲戒解雇または諭旨解雇の対象となるものを規定しているが、申請人の右の(一)(1)記載の職場における行為は労働協約第三九条第五号(5)ならびに(22)及び(29)(就業規則第九九条第五号ならびに第二二号及び第二九号)に該当し、また右の(一)(2)記載の寮における行為は労働協約第三九条第五号(22)及び(29)(就業規則第九九条第二二号及び第二九号)に該当する違反行為である。

なお、申請人は、右違反行為をへだてる僅か三カ月前に帰郷休暇を不正使用して労働協約第三九条第四号(9)(就業規則第九八条第九号)に違反し出勤停止七日間の処分(これは解雇を除くと一番重い処分である)をうけており、その際「この度は帰郷休不正使用の問題を引き起し過大なる迷惑をおかけしましたことを深く反省致しております。また虚偽の主張を行つたため迷惑を深めた点を併せて反省し、今後かかる行為を一切行なわないことを誓います。」という文書、つまり以後就業規則を違反するごとき行為は一切行わない旨の誓約書をベンベルグ工場長あて提出している。

今回の違反行為はそれから三月を出ない九月下旬の行為であり、この点からみても些かも改悛の情なきものとして情状を酌量すべき余地はない。

しかも、申請人の行つた前記一連の行為はその態様からみても計画的なものであり悪質であるから、懲戒解雇処分に付すべきものと判断される。

(2) 就業規則第九九条第二二号の制定目的は、会社施設が本来的に従業員の誠実な業務遂行のための場として用意されたものであることを前提として一部不心得な従業員の恣意的な文書宣伝活動により市井の雑音が会社施設内にまで浸透し、ために労働の秩序とその環境とが不当に掻乱され、かつ汚損されることを防止するために、その虞のある諸行為を禁止しようとするところにあるのである。従つて同号がその処分の対象としている「配布」とは、専ら施設内における不特定多数人に対する宣伝文書の交付行為自体であつて、「配布」の概念には、当然、申請人の行つたような文書の「回覧」行為が包含されているものと解するのが両者の行為の外形的共通性と同規定の精神よりして同号の最も妥当な解釈である。なお、公職選挙法第一四二条第三項の規定の趣旨はそのまま本件の場合にも妥当する。

申請人の行つた本件署名勧誘行為は、政防法反対の趣旨を印刷した文書を不特定多数の従業員及び寮生に提示して、その閲読を求めるとともに、更に積極的に相手方を説得し、その趣旨に賛成する旨の署名捺印まで求めようとするものであるから、その過程において不特定多数人に対する文書の交付行為が包含されていることは自明である。

仮りに、就業規則第九九条第二二号に規定する「配布」に当らないとしても、申請人の前記署名勧誘行為が同条第二九号に該当することは明らかである。

(3) 申請人の居住していた青雲寮については、ベンベルグ工場寄宿舎規則が存在しており、その第三九条及び第四〇条―その内容は別紙のとおり―は、一定の手続を経ない無許可の文書を寄宿舎内において配布する等の行為を禁止しているが、このことは、これに違反する行為については、法が保護の対象としている「私生活の自由」の埓外にあることを明示していることを意味する訳である。ところで、申請人が本件署名勧誘行為を行うに至つては同規則所定の手続を経た事実はないのであつて、それが同規則に違反していることは明らかである。いわんや、申請人の行為は就床中あるいは勉学中の多数の寮生に対し、継続して執拗に勧誘を行つたものであるから、単に手続を怠つたというに止らず、その態様においても明らかに共同生活の秩序を侵す悪質のものである。

就業規則第九九条第二二号は広く「会社所有物」と規定しており、その中には寄宿舎のほか、会社所有の倉庫、電柱までも広く含むものであることは文言上明らかであるが、そのことは、就業規則の制定過程において、労使間に諒解されていたことであるし、その運用も同趣旨のもとに行われていたものである。しかして、事業の付属寄宿舎は企業運営の必要上企業組織の一部として設置されたものであるから、使用者は寄宿舎に対する物的管理権を有するとともに、これに併せて共同生活の秩序維持のために、それに必要な限度において寄宿舎の私生活にまで介入しうる人的管理権をも併有し、更に寮生の寄宿舎における秩序違反行為が同時に就業規則違反までも構成するに至るときは、就業規則によつて、当然にこれを処分することが許されるのであり、本件の寮における署名勧誘行為はそれに該当するものである。

(4) 就業規則第九九条にいう情状は、違反行為自体の情状を意味し、他方同規則第一〇〇条にいう情状とは反則者に特有な情状、すなわち、反則者の過去の業績ないし被申請会社に対する貢献度、改悛の情の有無等を意味するものである。ところで申請人については、本件署名勧誘行為自体の情状行為者(申請人)に関する情状、懲戒規定を厳格に適用してきている被申請会社の懲罰慣行等いずれの点からみても情状酌量の余地はない。従つて申請人に対しては、懲戒解雇処分に付するのが至当であり、組合もその妥当性を認めているところである。

(二)  懲戒解雇を諭旨解雇とした経緯

(1) 被申請会社は前記理由に基き懲戒解雇処分を相当と考え、昭和三六年一一月一日申請人に対し、その面前で、懲戒解雇処分に付する旨の申渡書を手交し、その意思表示をなし、組合に対してもそれについて通告を行つた。

(2) ところで、組合においては、申請人が労働協約第三九条第五号(22)(就業規則第九九条第二二号)違反の行為を行つたことは、数回の調査の結果によつて認められるので、最終的に解雇処分に付することは了承するが、これを諭旨解雇にとどめ退職金を支給されたいと被申請会社に申入れてきたので、被申請会社としては、組合の申入れと申請人の将来及び当面の生活等をも考慮して、右懲戒解雇の意思表示を撤回して、昭和三六年一一月六日申請人に対し諭旨解雇申渡書を郵送し、右申渡書は翌七日申請人に到達している。

第四、被申請会社の主張に対する申請人の答弁及び反論

一、昭和三六年一一月七日頃被申請会社から申請人にあてた郵便が申請人に到達したことは認める。

二、被申請会社は申請人に対する本件解雇の法的根拠として労働協約第三九条第五号(5)及び(29)(就業規則第九九条第五号及び第二九号)を突如として主張しているが、これらは申請人に対する解雇申渡書には記載されていないところである。従つて、本件解雇の当否を判断する上でその対象にならないものである。

第五、疏明関係<省略>

理由

第一、申請人と被申請会社との関係等について

被申請会社が申請人主張の通りの会社であること、申請人が昭和二九年三月に被申請会社に入社し、試用期間経過後に自動的に組合の組合員となつたことについては当事者間に争がない。

第二、本件諭旨解雇について

一、諭旨解雇の意思表示

被申請会社が申請人に対し昭和三六年一一月六日郵送した諭旨解雇申渡書が翌七日に申請人に到達していることは当事者間に争がない。

二、被申請会社主張の諭旨解雇事由事実(懲罰の原因たる事実)の認定

被申請会社主張の解雇事由事実のうち、申請人が昭和三六年九月に自己の職場及び青雲寮内において、組合員から政防法反対の署名をとつた事実については当事者間に争がないので、その具体的事実について検討してみよう。

証人青柳恵二の証言及びそれによつて成立の認められる甲第二号証、証人山之口信夫、同津田孝之、同河野久男、同砂田誉喜、同江本良助、同佐々木嶺三、同一政肇、同藤原義二、同吉田行男の各証言、並びに申請人本人尋問の結果を総合して考えると一応次の事実が認められる。

(一)  職場における事実について

申請人は、被申請会社の許可を得ることなく、昭和三六年九月二六日頃、勤務時間中である午前八時頃(申請人本人は午前七時三〇分の始業前である旨供述しているが措信し難い)その職場であるベンベルグ工場事務課倉庫係検収作業場内において、(イ)たまたま同作業場内の地方受付台のそばを通りかかつた同僚の山之口信夫(同人はその持場から配電分駐倉庫に向けて歩いて行く途中同所を通りかかつたもの)に対し、「署名をしてくれんね」と話しかけ、同人から「何の署名ね」と問われるや「政防法の署名だ」と答えて同人に対し政防法反対の署名を求め(ただし署名用紙は提示していない)、(ロ)また、その際、たまたま同所を通りかかつた同僚の河野久男(同人は輸送現場の見廻りに行くためにその場を通つたもの)に対しても(証人河野久男は、午前九時前後と供述しているが措信し難い)、「署名を頼むわ」と言葉をかけ、政防法反対の署名を求め同人をして前掲甲第二号証と同様の形式の署名用紙(この点証人河野久男は横書きの署名用紙であつた旨供述しているが措信し難い)に署名せしめ、(ハ)更に、右河野が署名している際、その場に居合せた津田孝之(証人津田孝之は九月中旬頃と供述しているが措信し得ない。同証人は、九月中旬から一〇日位して勤労課長に事情を聴取されている旨供述しているので、これを証人一政肇の供述と照らし合わせ、更に申請人本人の供述をも考えてみると、右山之口、河野と同一機会の出来事であることが窺知できる)に対し、「やつてくんない」と言つて署名を求めたが、右津田から「俺が一番最後にするから」と言われたので、この時はそのままになり、その後二、三日して、同人から「自分はこの前の署名をせんかつたな」と言われたのに対し「いいが頼むわ」と言つていることが一応認められる。(この部分の認定に反する証人津田孝之の供述は措信し難い。)

なお申請人が予め政防法反対の署名用紙を地方受付台の上に用意していたとの事実及び津田孝之に対し検収作業中数日にわたり政防法反対の署名捺印を勧誘し、拒否されるや「お前は卑怯だ」と非難するなど執拗に勧誘を行つた事実は本件にあらわれた全疎明資料によるもこれを肯定することができない。

(二)  寮における事実について

申請人は、被申請会社の許可を得ることなく、昭和三六年九月二七日頃数日にわたり被申請会社の施設であるベンベルグ工場寄宿舎青雲一寮、二寮、三寮及び四寮において、それぞれ寮の部屋を訪れ、五〇名ないし六〇名位の寮生に対し、政防法反対の署名の趣旨を説明したうえで、前掲甲第二号証と同様の形式の署名用紙(この点証人佐々木嶺三は署名用紙には民青同という字句の記載があつた旨供述しているが、措信し難い)に署名捺印を求めていることが一応認められる。また、申請人が右の寮を訪れた時間は必ずしも明確でないが、大体午後四時半頃から午後八時半過頃までの間であり、右署名を求められた際、寮生のなかには、後夜勤勤務(午後一一時三〇分から翌日の午前七時三〇分まで勤務)のため床を敷いて横になつていた者(就寝していたものかどうかは明確でない)及び試験勉強中の定時制高等学校通学者のいたことが一応認められる。

三、被申請会社主張の懲罰条項について

(一)  懲罰条項の補足について

申請人は、被申請会社の主張している就業規則第九九条第五号及び第二九号について、右条項は被申請会社の申請人に対する解雇申渡書には記載してなかつた条項であるから、本件訴訟においては右条項の該当性について問題にすべきではないと主張して、これを争つているが、本来、解雇申渡書には、その解雇に当つて適用した就業規則の条項をすべて表示しなければならない訳ではないから、後ほどその効力が訴訟で争われた際には、事実審の口頭弁論終結時までは、解雇申渡書に記載しなかつた懲罰条項を補足主張することが可能であると解する。従つて、この点に関する申請人の主張は理由がないから採用しない。

(二)  就業規則第九九条と第一〇〇条との関係等について

前記認定の職場及び寮における申請人の行為が被申請会社主張の懲罰条項、すなわち就業規則第九九条第五号、第二二号、第二九号に該当するかどうかについて考察する前に、就業規則第九九条と第一〇〇条との関係について先ず検討してみよう。

就業規則第九九条の規定のみをとりあげて考えてみると、同条に掲げられている各号の一に該当するような違反行為のあつた場合には、その違反行為者は諭旨ないし懲戒解雇の処分に処せられるかのように一見考えられないではないが、同規則第一〇〇条第二号において、第九九条に該当する者でもその情状によつてはけん責、減給または出勤停止の処分に止める旨の情状酌量の規定の存在することを考慮にいれて考えてみると、必ずしもそうとは解せられない。就業規則第九六条においては、懲罰の種類として、けん責、減給、出勤停止、諭旨解雇、懲戒解雇の五種類が掲げられているが、けん責、減給、出勤停止の処分はいずれも違反行為者の経営秩序に対する侵害が比較的軽微な場合にその違反行為者を企業内にとどめたままで、これに反省の機会を与え、正常な業務の運営に従事することを期待するものであり、諭旨ないし懲戒解雇の処分は、違反行為者の経営秩序に対する侵害が重大な場合にその違反行為者を企業外に放逐し、その者との労働関係を絶つ最も重い処分であるし、また懲戒権の行使は、企業体の経営秩序を維持し、その業務の執行を正常円滑ならしめるに必要最少限度の範囲に止めるべきを相当と解するから、就業規則第九九条の解釈、運用に当つては、同条に掲げられている各号の一に一応形式的に該当する行為があつたからといつて、直ちにその違反行為者に対し機械的に諭旨ないし懲戒解雇の処分をもつてのぞむべきではなく、その違反行為の時期、態様、動機、結果等諸般の事情を総合的に検討して、その違反行為が企業運営上さしたる障害もあたえず、かつ、労使間の信頼関係をさまで破綻せしめるような性質、程度のものでない限りにおいては、つまり、その違反行為者に対して諭旨ないし懲戒解雇の処分をもつてのぞむことが社会通念上是認される場合以外においては、就業規則第九九条所定の諭旨ないし懲戒解雇の処分は避けるべきであつて、同規則第一〇〇条第二号所定の適宜の懲戒処分を採るべきものと解する。なお同規則第九九条の情状により諭旨解雇または懲戒解雇とする旨の規定は、懲戒処分として解雇を相当とした場合、その解雇にも諭旨解雇と懲戒解雇の幅のあることを規定したものであり、この字句を根拠として、被申請会社主張のように同規則第九九条にいう情状は違反行為自体の情状を意味し、他方同規則第一〇〇条にいう情状は違反行為者に特有な情状を意味するものと解すべきではない。

就業規則第九九条と同一内容の規定が労働協約第三九条第五号に存在することは成立に争のない乙第一、二号証によつて明らかであり、証人戸田通邦の証言によると、就業規則の懲罰の規定が最初に出来て、その後その規定の部分を労働協約の付属協定書によつて労働協約に折り込んだものであることが一応認められ、また同証言によると、就業規則起草の際の審議過程においては、就業規則第九九条所定の事由に形式的に該当する事実があれば、機械的に諭旨ないし懲戒解雇処分に付せられるものとの見解がとられていたように認められるが、就業規則は、一旦定立された以上は一つの法規範として、制定者の意思を離れた客観的存在と一般的妥当性とを取得するものであつて、その解釈、適用に当つては規則の目的に照らして合理的になされることを要するものである。

もちろん、就業規則の合理的な解釈、適用に当つては、その規定の目的、規定の基礎となつた職場の慣行、その適用について具体的に形成された慣行等を充分考慮すべきは当然であるが証人一政肇の証言における過去の懲戒規定運用の事例は詳細な内容が明らかでないので、これをもつて本件諭旨解雇事件の判断の資料とするには不充分である。

(三)  職場において署名を求めた行為について

(1) 就業規則第九九条第二二号の該当性

問題は、文書等の「配布」の概念のなかに「署名を求める行為」が含まれるかどうかにある。就業規則第九九条第二二号には文書等の「配布」及び「掲示」、「貼付」の行為を掲げてあるが、ここに「配布」について考えてみるに、それは文書等を配布することを契機として何か動搖がおきて企業の経営秩序が乱されたり、または乱される虞の生ずることを防止し、企業内の秩序を維持し、その生産性を向上させることを目的として規定されているものであることが明らかでありその文書の内容自体またはその配布の時期、方法等その行為の態様からみて企業の経営秩序を乱し、または乱す虞のある文書の配布行為を禁止することが目的であると考えられる。なお、証人戸田通邦の証言によると就業規則の立案審議過程においては、就業規則第九九条第二二号の文書等につき、特に政党的文書の取締に重点がおかれていたものと一応認められるし、また、証人一政肇の証言によると、同号の適用に当つては政治的活動ないし政治的文書の取締を相当重要視していたことが一応認められるが、しかし、このことは、右に述べた同号の解釈を何ら左右するものではない。すなわち政治的文書の取締に重点が置かれているからといつて、その文書の配布の時期、態様、動機、結果等諸般の事情を総合的に検討し、その文書配布行為が企業秩序を乱したかどうか、企業運営上いかなる障害をあたえたかどうか、また労使間の信頼関係を破綻したかどうか等の点を考慮することなく、政治的文書の配布であれば文句なしに直ちにその配布行為が諭旨ないし懲戒解雇の処分の対象となるものとは解せられないからである。(仮りに、そのような適用の慣例があつたとしてもそのような就業規則の解釈、適用慣例は、権利の濫用であつて、裁判所が就業規則を解釈する場合、それを具体的に形成された慣行として尊重するには価しない。)

ところで、同号に規定する「配布」とは、特定または不特定の人に文書等を配り思想の伝達を行う行為を指すものであつて、文書等を「配る」点に重点が置かれているのに対し、前記認定の「署名を求める行為」は、一定の趣旨に賛成してくれるよう特定または不特定の人に呼びかけ、その趣旨に賛成する者から、任意に一定の用紙等にその署名または署名捺印をしてもらうことを目的とする行為である。これは相手方から任意に署名、捺印をしてもらうことに特色があり、署名用紙を「配る」ことはその要件と解せられないから、「配布」の概念中に「署名を求める行為」を包含させることは出来ない。また懲戒罰法規については刑罰法規と異り罪刑法定主義の適用はないとする立場もあるが、ここで問題となつている就業規則の規定のしかたからみると明らかに限定的列挙と認められるし、みだりにその類推拡張解釈は許さるべきでないと解する。従つて、前記認定の申請人の職場において署名を求めた行為は就業規則第九九条第二二号に該当するものとは認められない。なお、公職選挙法第一四二条第三項において文書等の回覧行為を頒布とみなしているのは、回覧が頒布と同一の効果をもつている点に着目し、これをその行為類型を異にする頒布と同一のものとして取扱い頒布と同様に禁止する趣旨に出たものであるから、このことを根拠として「配布」の概念中に「署名を求める行為」を含ませることは出来ない。

(2) 就業規則第九九条第二九号の該当性

就業規則第九九条第二九号に規定してある前各号に準ずる程度の重大な不都合の行為とは、同条第一号ないし第二八号に列挙されている行為にその行為類型が準じ、その重さが準じるような不都合な行為を指しているものと解せられる。そこで、前記認定の職場において署名を求めた行為が果して同条第二二号に規定されている文書等の「配布」に準ずる重大な不都合の行為といえるかどうかを検討してみよう。前記のとおり、「署名を求める行為」は文書等の「配布」とその行為類型を異にするものであるが、「署名を求める行為」は一定の趣旨に賛成してくれるよう特定または不特定の人に呼びかけ、その趣旨に賛成する者から任意に一定の署名用紙にその署名または署名捺印をしてもらうものであるから、署名をしてくれるよう呼びかけることによつて、特定または不特定の人に一定の思想の伝達を図ることが出来る点においては、文書等の「配布」「掲示」「貼布」にその行為類型が準じていると解されうるし、また署名を求める行為のなされた時期態様等の如何によつては、署名を求めることを契機として何等かの動搖がおきて企業の経営秩序が乱されたり、または乱される虞の生ずることは充分考えられるので、その重さの点においても文書等の「配布」「掲示」「貼布」に準じているものと認められる。従つて、前記認定の職場において署名を求めた行為は、一応形式的には就業規則第九九条第二二号の文書の「配布」に準ずる程度の重大な不都合の行為として同条第二九号の適用があるものと認められる。

前記認定のごとく申請人が職場で署名を求めた時刻が午前八時頃であつて、それが就業時間内の行為である点は一応認められるのであるが、次に認められるような諸事情を総合して考えた場合、申請人がその職場内で同僚に対し署名を求めた行為は、企業の経営秩序を乱しまたは乱す虞のあつた行為とは認められないので、結局諭旨解雇処分をもつてのぞむに価するほどの重大な違反行為とは認められず、就業規則第一〇〇条第二号に規定されている情状酌量が適用されるべき行為と認められる。

(イ) 証人本田宏の証言及び申請人本人尋問の結果によると、昭和三六年九月二五日頃(この点証人本田宏は申請人に署名用紙を渡したのは申請人が解雇になつた一、二週間前頃と供述しているが措信し難い)たまたま申請人が延岡市内南町のバス停留所附近を通りがかつた際、その附近で政防法反対の街頭署名運動をしていた本田宏に会い、同人からすすめられるままに前掲甲第二号証と同様の形式の署名用紙を一枚貰い、それを本の間に挾んだまま(申請人は本好きのため日頃本を紙袋に入れて持歩いている)翌朝出勤し、職場で本をパラパラとめくつたりしておつた際、たまたま申請人のそばを通りかかつた同僚の山之口信夫や河野久男に対し、政防法反対の署名をしてもらおうという気持になり、同人等に署名を求め、更に、その場に居合せた津田孝之に対しても署名してもらおうという気持になり同人に対しても署名を求めたもので、そのために要した時間もほんの一、二分程度であり、右三名に対して署名を求めた以外にその職場において申請人が他の従業員に政防法反対の署名を求めていないことが一応認められるのであり、これらの事実を考えてみると申請人が職場において政防法反対の署名を積極的に求めようと計画していたものとは認められずむしろ申請人の行為は偶発的な行為と認められる。

なお、証人河野久男の証言によると、同人が署名をすませた際、その場を通りがかつた脇屋敷某に対し半ば冗談に「旭連からの署名簿がきている」と声をかけたことが一応認められるが、その際脇屋敷がどのような行動をとつたものか明確でなく、このことによつて申請人が他の従業員に対し署名を求めることを断念したのだと断定することは困難であり、また成立に争のない乙第八号証、証人柳田勇、証人一政肇の各証言及び申請人本人尋問の結果によると、申請人は昭和三六年九月頃花田副組合長が申請人の職場にきた際組合は政防法をどう考えるかなどと質問し、政防法反対の署名を組合がするよう要請したり、また前掲乙第八号証の作成にも関係したりして積極的に政防法反対運動に関心を抱いていたことが一応認められるが、申請人がその職場内で、就業時間中または休憩時間中に積極的に政防法反対運動を展開する意思を有していたことを推測させるような疎明は存しない。

(ロ) 証人山之口信夫、同河野久男の証言及び申請人本人尋問の結果によると、申請人が職場で署名を求めた態度には相手方を強制したりする行為はみられず、穏かな態度であつたと一応認められる。証人津田孝之の供述の中には申請人から執拗に署名を求められたように認められる点もあるがこの点は措信し難い。

(ハ) 証人青柳恵二の証言及び申請人本人尋問の結果によると申請人が職場で署名を求めた際使用した署名用紙(その形式内容が前掲甲第二号証と同様のものであつたと認められる点は前記認定のとおりである)は、「安保反対平和と民主主義を守る国民共闘会議」の作成した署名用紙を「安保反対平和と民主主義を守る宮崎市民会議」が増し刷りしたものでありその署名用紙に署名をとつたうえ、最終的には右国民共闘会議に参加している国会議員を紹介議員として右国民共闘会議の名義で国会の議長にあてて政防法の廃案を請願する趣旨のものであつて、憲法第一六条に規定されている請願権を行使するための署名と認められ、また、証人山之口信夫、同河野久男、同津田孝之の証言によると、同人等は申請人から職場で政防法反対の署名を求められたことによつて何らかの精神的動搖を来したものとは認められず、また河野久男は気軽な気持で署名しただけのものと認められるのであるから、申請人が政防法反対の署名を求めたことが契機となつて職場秩序が乱れたり乱される虞があつたものとは認められない。

なるほど、成立に争のない乙第一〇号証の一ないし五によると、当時政防法案の提案者である自民、民社両党や全労が政防法案を支持し、これに対して社会党や共産党や総評等がこれに反対し、両者が全国的に対立しており、社会党ではあくまで国民運動を背景にした政防法反対闘争を展開し、前記国民共闘会議も政防法反対の運動に乗りだしていたことが認められ、また証人吉田行男の証言によると全旭化成労働組合連合会が全労に属している関係で当時民社党を支持し政防法に賛成の立場にあつたことも一応認められるが、前記認定のごとく申請人の職場で署名を求めた行為は偶発的な行為であつて、その相手方もわずか三人でありその求め方も穏かであつたことを考えると申請人が署名を求めたからといつて、直ちに従業員間に政治的対立を惹起し、ひいては企業の経営秩序が乱されるような状態にあつたものとは認められない。

(3) 就業規則第九九条第五号の該当性

前記認定の申請人が職場で署名を求めた行為は、形式的には一応就業規則第九九条第五号に該当するものと言えるが、同号が諭旨ないし懲戒解雇の処分を予定している違反行為とは、故意に他人の業務を妨げまたは作業能率を阻害することによつて企業の経営秩序を乱しまたは乱す虞のある場合のみを指すのであつて、その程度に達しない場合には就業規則第一〇〇条の規定によつてその情状を考慮のうえ同条第二号所定の処分に付すべき制約を受けているものと解するを相当とするから、この点を考慮して申請人の職場において署名を求めた行為を判断してみた場合、それはほんの一、二分程度の出来ごとであり、申請人から署名を求められたことによつて実質的に山之口信夫、河野久男及び津田孝之の業務が妨げられたり、作業能率が阻害され、それによつて企業の経営秩序が乱されたりまたは乱される虞があつたとの疎明はみあたらない。従つて、申請人の職場において署名を求めた行為について就業規則第九九条第五号を適用して、諭旨解雇の処分を行うことは出来ないものと認められる。

(四)  寮において署名を求めた行為について

(1) 寄宿舎生活の自治について

労働基準法第九四条が寄宿舎生活の自治を保障しているのは、事業の附属寄宿舎において営まれる労働者の私生活は労働関係とは切離された個人としての自由な活動領域―つまり作業から開放された状態での作業に関係のない、労働者の個人としての生活領域―に属するものであつて、本来使用者がそれに干渉したり、介入したりすることはあり得ない筈であるが、使用者の立場からすると、職場における勤労と私生活とは同一労働者の示すそれぞれの側面であり、労働者の私生活のあり方如何が直接または間接に職場における勤労に影響するところから、ややもすると寄宿舎に居住する労働者の私生活に干渉したり介入したりするので、その弊害を除去し、労働者の私生活の自由(この私生活の自由ということは憲法によつても保障されているところである)を確保することにその目的があるものと言わなければならない。

寄宿舎は、施設の共同利用を通じて複数の労働者が集団的に共同生活を営む場であり、一種の部分社会を形成しているとみられるので、そこでの一人の居住者の無軌道な生活態度は、社宅やアパートの場合と異り、他の居住者に影響を及ぼすところが大きいから、その共同生活の秩序を維持するための措置が是非とも必要となつてくるのであるが、寄宿舎における共同生活の秩序が乱されることは、ひいては職場内の作業能率や規律にも影響を与える虞があるとの観点から、従来は、ともすると使用者が寄宿舎内の共同生活の秩序維持という名目のもとに、いろいろな手段を用いて寄宿舎に居住する労働者の私生活に干渉し、その自由を侵害した事例も少くなかつたので、労働基準法第九四条第二項は、元来、寄宿舎内における共同生活の秩序維持は当該寄宿舎に居住する労働者の自治自律にまかせるべきであるとの立場に立ち、寮長、室長その他寄宿舎生活の自治に必要な役員の選任につき使用者が干渉、介入することを一切排除し、寄宿舎に居住する労働者の完全な自治によつて寄宿舎内の共同生活の秩序の維持が行われるよう配慮しているものである。

もつとも、労働基準法第九五条においては、同条第一項第一号ないし第四号に掲げられている事項が労使双方の共管事項とされているが、これらの事項も本来なら寄宿舎に居住する労働者の自治にまかせるべきが理想であるが、同法第九六条において使用者に対し寄宿舎の安全、衛生、風紀等について必要な措置を講ずべき義務を課している関係もあり、その事柄の性質上、寄宿舎に居住する労働者に対し寄宿舎を設置した目的を達成するためには同法第九五条第一項第一号ないし第四号の事項に関し使用者が介入することは必要やむを得ないものと認められるので、その範囲及び限度において、特に使用者の介入を認めたものであり、それらの事項が寄宿舎に居住する労働者の私生活の自由に密接に関連するがためにその自由が侵されないように、これらの事項を労使双方の共管事項としたものであつて、いわば、寄宿舎生活の自治の原則に対する例外と解すべきである。事業附属寄宿舎規程第三条第一号及び第二号において寄宿舎規則中に外出又は外泊について使用者の承諾を受けさせることや、教育、娯楽その他の行事に参加することを強制する定めをすることを禁止し、また同規程第四条が共同の利益を害する場所及び時間を除いては、面会の自由を制限し得ない旨の規定をおいているのも右に述べた趣旨のあらわれと考えられるのである。従つて右に述べた共管事項の規定を根拠に一般的に使用者の寄宿舎居住労働者に対する人的管理権を理由づけることは妥当ではない。むしろ、労働基準法第九四条、第九五条の規定は使用者の人的管理権を排除しようとする趣旨のものであると解するのが相当である。

なお、寄宿舎は使用者の設置する施設であつて、寄宿舎の建物、設備に対する管理権は本来使用者に属しているものであるから、この管理権―物的管理権と呼ぶことができる―に基いて、使用者がその建物、設備の利用に関し具体的に必要な規制を加えることの出来るのは当然であるが、その規制は建物の設備の維持、管理に必要な範囲を超えることは許されないと解する。そして、寄宿舎居住者の居室は個人の私宅に相当するものであるから、居室への使用者側管理者の立入りは厳格に制限さるべきであるし、また、寄宿舎における共同生活の秩序は前記のごとく本来自治的に定められるべき性質のものであり、使用者の建物、設備に対する管理権がこれに直接つながるものとは解せられない。

(2) 就業規則第九九条第二二号、第二九号の該当性

成立に争のない乙第三号証によるとベンベルグ工場附属寄宿舎の寄宿舎規則第三九条にはパンフレット、文書等の貼付配布、回覧をしようとする場合には会社及び自治会の承認を得なければならない旨の規定があり、その違反者に対しては、同規則第四二条において退寮処分に付することが出来る旨の規定(以上いずれもその内容は別紙のとおり)の存在することが認められる。そこで、申請人の寮において署名を求めた行為が右の第三九条に該当するかどうかを先ず検討してみよう。

前記認定のように、申請人がベンベルグ工場附属寄宿舎の青雲一寮ないし四寮において、五〇名ないし六〇名の寮生に対し、政防法反対の趣旨を説明したうえ、前掲甲第二号証と同様の形式、内容を有する署名用紙に政防法反対の署名、捺印を求めたことは明らかなのであつて、それが署名用紙の回覧行為を伴つていることから一応形式的には右寄宿舎規則第三九条に該当するものと考えられるが、ここで注意しなければならないことは、この第三九条と前述の労働基準法第九四条との関係である。右寄宿舎規則第三九条がパンフレット文書等の貼付、配布、回覧の行為をすることについて会社及び自治会の承認を要求している趣旨が、同条但書によつて除外されている自治活動に関するもの以外は、すべて承認を要する趣旨であるとするならば、寄宿労働者の市民的自由を奪う結果になるから、この規定自体が労働基準法第九四条に牴触することとなり、その効力が否定されることとなるが、右規定の趣旨はその文書の内容や貼付、配布、回覧の行為の時間的場所的関係やその行為の態様からみて明らかに共同生活の利益を害する虞のない場合には、あえて承認を求めることを要求していないものと解するのが相当である。例えば、その文書等の内容等からみて明らかに共同生活の利益を害する虞のない文書等を同室者の了解のもとにその居室の壁に貼付する行為は―寄宿舎居住者の居室が個人の私宅に相当するものであることを考えれば明瞭であるが、―それについて事前もしくは事後に会社及び自治会の承諾を受くることを要しないのであつて、居住者の自由になし得ることであると解する。

ところで、申請人が寮において署名を求めた行為について考えてみるに、証人青柳恵二の証言及び申請人本人尋問の結果によると、申請人が寮で署名を求めた際使用した署名用紙は職場において署名を求めた際使用したものと同様のものであつて、それに署名がなされたら最終的にはその署名したものを「安保反対平和と民主々義を守る国民共闘会議」に参加している国会議員を紹介議員として右国民共闘会議の名義をもつて国会の議長に政防法案の廃案を請願する趣旨のものであつて、憲法第一六条に規定されている請願権を行使するための署名に該当し、右国民共闘会議の提唱によつて当時街頭で一般市民に政防法反対の署名を呼びかけていた署名運動と同様のものであると一応認められるのであるが、このことから考えると、その署名を求める行為が穏に行われる限りにおいては、その署名を求めることによつて寄宿舎内の秩序が乱されるものとは考えられない。なお、証人砂田誉喜、同江本良助、同佐々木嶺三、同藤原義二の証言及び申請人本人尋問の結果を総合してみると申請人は寮においてその居室者の同意のもとに穏に政防法反対の署名を求めており、その署名をすることに反対した者に対して無理に署名を求めたりなどしていないことが一応認められる。

結局、申請人が寮において政防法反対の署名を求めた行為は寄宿舎内における私生活の自由の範囲内に属する行為であると認められるから、これに対して寄宿舎規則第三九条ないし就業規則第九九条第二二号、第二九号を適用する余地はない。

四、本件諭旨解雇についての結論

以上判断してきたとおり、申請人の職場において署名を求めた行為は、その行為自体からみて諭旨解雇処分をもつてのぞむに価する程度の就業規則上の違反行為とは認められないし、また、申請人の寮において署名を求めた行為は、寄宿舎内における私生活の自由の範囲内に属する行為であると認められるので、これについては就業規則上の懲戒条項の適用が問題とならないことも明らかとなつた。従つて、昭和三六年六月に申請人が就業規則第九八条に違反して出勤停止七日間に処せられたことは当事者間に争がなく、また、その際、申請人が誓約書と題する書面をベンベルグ工場長あてに提出していることが成立に争のない乙第九号証によつて一応認められるが、他面、申請人は、被申請会社の従業員として真面目に仕事をしていたことが証人松林浅市の証言及び申請人本人尋問の結果によつて一応認められるのであつて、これらの事情を綜合した上で考えてみても、申請人の右就業規則違反行為に対して、諭旨解雇の処分をなすことは相当と認められないし、それに証人一政肇の証言によると、被申請会社は、申請人が職場において署名を求めた行為について申請人に対し充分な弁解の機会を与えていないし、申請人が職場及び寮において署名を求めた政防法反対の署名の趣旨や申請人が署名を求めるに至つた動機、署名を求めた行為の態様等就業規則の懲戒条項を適用するに当つて正確に認定しておかなければならない懲戒条項該当事由事実の認定に関して慎重さを欠いている点が認められるので、結局本件諭旨解雇処分は権利の濫用として無効なものであると認めざるを得ない。

第三、保全の必要性

申請人本人尋問の結果によれば、申請人は被申請会社から支払われる賃金を生活の資としていたが、現在では生活保護費の支給をうけて生活を保つていることが一応認められるし、また申請人は職場に復帰して真面目に働くことを強く希望していることも一応認められたのであるから、かかる希望の存する以上、右のような無効な解雇によつて被解雇者として取扱われ、職場に復帰しえないことは申請人にとつて著しい損害であつて極めて不安定な地位にあるものと認められるので、申請人の地位保全をはかる本件仮処分をなす必要性があるものと認められる。

第四、むすび

よつて、本件仮処分申請は、理由があるので、保証をたてさせないでこれを認容することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 徳田秀男 安芸保寿 小美野義典)

(別紙)

就業規則(特に関係ある部分のみ抜萃し他は省略した)

第四章 服務

第一節 総則

第一七条 従業員は服務に当つて特に次の事項を守らなければならない。

6 就業時間および作業規律を守り就業時間中私用をなし、または職場を離れる場合は事前に所属職責者の許可を受けること。

第二五条 従業員は会社内においてパンフレット、ビラ広告その他宣伝文書を配布し、または会社所有物にそれ等を貼付掲示するについては、事前に所属勤労担当課長の許可を受けなければならない。

第一一章 賞罰

第九六条 懲罰の種類を次の通り定める。懲罰は二つ以上を併科しない。ただし、職責を剥奪しまたは減給、降級しあるいは昇給、進級、賞与に際してこれを考慮することがある。

1 けん責  始末書を取り将来を戒める。

2 減給   始末書を取り賃金を減額する。ただし減額は一回の額が平均賃金の一日分の半額をこえ、一賃金支払期における賃金の総額の一〇分の一をこえない。

3 出勤停止 始末書を取り七日以内の期間につき出勤を停止し、停止期間中の賃金は支給しない。

4 諭旨解雇 諭旨の上退職せしめる。

5 懲戒解雇 予告期間を設けないで即時解雇する。ただし、場合により予告手当を支給することがある。

第九七条 懲罰は情状によりその受けた回数に従つて次のように加重することがある。ただし、懲罰を受けたときから三年を経過した場合はその懲罰を加重の要素としない。

1 けん責 三回目を減給または出勤停止処分

2 減給または出勤停止 三回減給または出勤停止処分を受けた者が更に懲罰処分にふれたときは諭旨解雇

第九九条 次の各号の一に該当する者は情状により諭旨解雇または懲戒解雇とする。

5 故意に他人の業務を妨げまたは作業能率を阻害した者

22 会社所有物内において許可なくパンフレット、文書、広告その他宣伝文書を配布し、または会社所有物にそれ等を掲示貼付した者

(覚書)本号設置の趣旨に反しない限り、組合がその組織を通じて配布する場合を含まない。

29 前各号に準ずる程度の重大な不都合の行為があつた者

30 前各号につき教唆、扇動、仲介または共謀の行為があつた者および監督上故意または重大なる過失があつた者

第一〇〇条 前二条の反則者に情状酌量の余地があるときは次の通りその処分を緩和する。

2 第九九条該当者、けん責減給または出勤停止に止める。

第一四章 解雇、および退職

第一〇四条 次の各号に該当するときは、従業員はその資格を失う。

4 諭旨解雇、または、懲戒解雇されたとき。

寄宿舎規則(特に関係ある部分のみ抜萃し他は省略した)

第一三章 雑則

第三九条 寮生が寄宿舎内においてパンフレット、文書、広告その他宣伝文書を寄宿舎施設に掲示、貼付、配布、回覧しようとする場合は、会社および自治会の承認を得なければならない。ただしこの規則または自治会会則に基く自治活動に関するものはこの限りでない。

第四二条 この規則に違反した者または寄宿舎生活に不適当と認められた者は退寮させることがある。ただし事情の判定については会社が自治会と協議の上決定する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例